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第5回 蓄音機コンサート

熊本行きを誘われたのは一年前のことであった。記憶の彼方にあった約束は一ヶ月前になって突然準備の催促が来た。その日はダブルならぬトリプルとブッキング(予約)があり、一年前の先行予約を優先することで決着がついた。

蓄音機コレクターの山城政幸氏の参加している、熊本博物館SPレコードと蓄音機を楽しむ会主催の「蓄音機でレコードを楽しむコンサート“沖縄音楽の特集”」の催しに県立芸大の与那覇有羽君を連れて三人で出席したのは二月の第四日曜日。

蓄音機というと最早忘れ去られた時代の産物として、骨董屋のオブジェとしてしか振り向かされないものとなっている。実際音質が悪ければ滅びるしかないわ けで、我々がよく耳にする日本で普及した通常の蓄音機は懐古主義を満足させるほどの音しか再生しない。私もそう思っていた。しかし人間の技術というのはそ んな単純ではないようだ。一九一0から二0年代にかけてのヨーロッパの技術の粋を集めた蓄音機たるや、純粋に肉声に近い音に加えて時代の艶かしさをも再生 することができるのだ。一度体験するとその虜になることはうなずけられるし、デジタルサウンド時代における最も贅沢な音質とも言えそうだ。

ともあれ、そういうことが博物館でしか味わえないというのも何だかさみしいことではあるが、沖縄音楽を待っている方々もいるということは嬉しい限りである。戦前戦後の二大レーベル、マルフク、マルタカを中心にSPレコードで琉球民謡 を共に鑑賞し、実際の三線の演奏で場を盛り上げることができた楽しいひと時は貴重な経験であった。帰りの電車で反省会と称して飲みすぎたのは三人とも少し浮かれ過ぎていたかもしれない。

2007年3月13日 琉球新報夕刊「南風」掲載より

第4回 フリージャズ

 しまった!寝坊してしまった。一時間でこの原稿を書き上げてげて熊本行きの飛行機に乗らなくてはならない。

 そもそもどうして寝坊したかと言うと、昨日(二十三日)島唄カフェ・いーやーぐゎーにての梅津和時ソロライブが盛り上がったからにほかならない。ついつい明日の事も考えずにはしゃぎ過ぎたということか。

 何故島唄カフェがフリージャズのライブなのか、苦言というよりも希望として私は沖縄の歌手、とりわけ若手の島歌の歌い手に聴いてもらいたいと実際は考えている。ここ一年、津軽三味線や風の盆(富山県)の胡弓、舞踏などと企画してきたが、ウタサー達の顔が見られないのは何だか残念である。今沖縄音楽に必要なのは中央(東京)の要求だけに目を向けることではなく、色々なジャンルの芸能を肌で感じて消化吸収していくことも大事なことではないか。沖縄にやってくるアーティストは沖縄のエネルギーを吸収しようと真剣勝負を挑んでくるのに対して、沖縄側からの反応はどうも緩いような気がしてならない。反対に奪い取るくらいの気構えがあってもいいと思うが…。

 それでも島唄カフェでのライブにさすがの梅津氏も最初は戸惑い気味ではあったが、やはり沖縄との関わりも深いサックスの音色はすぐさま一体となった。というよりもどんどん観客を引きずりこんで行く。沖縄音楽を意識してのフリージャズは予期せぬ不協和音を生み出し、それは嬌めかしくもあり、伝わる息づかいは聴くものを鼓舞して止まない。音楽の一つの醍醐味としての、マイクを一切通過しない生の音色(楽器も歌声も)のすばらしさを再認識させられずにはいられなかった夜でした。

2007年2月27日 琉球新報夕刊「南風」掲載より